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ニコノスの写真日記

フィルムとデジタルの狭間からお送りします。毎日写真を撮って気付いたことを書くブログ。スナップ、ポートレートが大好き。twitter: @nikonosf

写真の寿命

それ、撮ったあとどーすんの?

フィルムは正しく保管すれば、300年は保存可能という───

 

300年。

もし300年後も私のネガが存在していたら、それは私が世界的写真家となった証拠だ。

写真家の遺族が美術館に寄付➡管理庫に入る

お決まりのパターン。

 

でも、普通の人がライフワークとして撮ったものが保存して意味のあるものとは思われていない。

私は普通の街角を撮った写真とか、市井の人々のポートレート・スナップなんかは生活の記録として民俗学的意義を認めている。

しかし資料として公表されなければ意味がない。

 

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祖父母の家に遊びに行ったら、古い写真やネガを捨てるという。私としては複雑な心境である。

彼らの知人にも、捨てる人が多いという。撮影者が亡くなったらそれは明らかに「遺品」であり、他のモノたちと違い情念が写り込んでいる気がするので、捨てるに捨てられぬ代物と化す───

だから、遺族が困らぬよう「終活」として捨てるのだ。

会ったこともないご先祖様はもはや、歴史上の人物。残酷なようだが、それらは他人の写真でしかない。

 

そう、「残ってしまう」ことも大いに考えものなのだ。

自分が撮った写真や、自分が写っている写真を必要とするのは、せいぜい自分、配偶者、または子どもたち。無ければ無いで、もともと無かった事になるのだ。記憶なんてそんなもの。悲しいけど、人間は忘れる動物。
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捨てられてしまう前に、自分の幼い頃の写真を持っていないか確認してみては?

運良く残っていたら自分と、育ててくれた人や、むかし大切にしていたものを見つめ直す機会になる。

 

デジタルで撮ったものは、例えばSDカードにそのまま保存してあるとして、10年持てばいい方だという。ひどい話だと、SDに入っていた妹の小学校時代の写真や、当時の旅行写真が1年と待たずにゴッソリ消えていた事がある(実話)。もう戻らない。ハードディスクに移せば何年持つか知らないけれど、いつかゴッソリ消えていたら。それは悔しいよね。

だから、写真はハードで残すべきだ。

何でもいい。デジタルの人は(できれば)銀塩プリントで、フィルムの人はそのままお店プリント。アルバムにすると後で見やすい。

 

デジタルデータを実店舗に足を運ばず銀塩プリントにしてくれるサービスがある。これは私がお願いしているところ。【vivipri】写真プリント | 最高画質を保証! 最短当日お届け!

親戚、友達でも写っている人にデータで渡すだけじゃなく、プリントで渡すと喜び方が違うので、特にポートレート撮る人は試してみて欲しい。手渡しだと感想を聴けたりもする。「3枚あるけど、どれが好き?」とか。

 

写真は記録。

さあ、アルバムをつくろう。